声劇台本 凶祓 (まがばら)いの男

【登場人物】
男(♂ 20代前半〜30代前半):主人公。人間。善人。旅好き。どんな時でもユルい。エセ江戸弁。
鬼(♂ 人間換算で40〜50代 叫びあり):悪役。鬼。「超」が57は付くような下衆で鬼畜。おっさん。エロい。
(※セリフなし):ヒロイン。幽霊。生前は良家の箱入り娘。可哀想なくらいおとなしい。そのせいか作中ではしゃべらない。

語り(不問 作中の台詞最多):ナレーション。完全な第三者。具体的な人物像は不明。


配役表




語り:時は今より(はる)(さかのぼ)る。
   人が木と土に頼りて生きた時代。
   侍どもが力を競い、(いくさ)に明け暮れていた時代。
   (いま)現世(うつしよ)に、(あやか)しが蔓延(はびこ)った時代。

男:いやぁ、いい天気じゃ。
  こんな日にゃあ鼻歌でも唄いとうなるわ、って、 
  まぁ俺はいつでも唄っとるがのぅ、わはははは、、、、、。


語り:その男、どこにでもある山中(さんちゅう)のあぜ道を行く姿は、ただただ奇妙なる()()ちであった。
   腰ほどまで伸びる長い髪、薄汚れ着崩(きくず)した着物、
   肩には風呂敷包(ふろしきづつ)みを掛けた木刀、そして何より目を()くは
   左半面まるまる、さらし布にて覆われたその(かお)であった。

男:ふふふんふふんふ〜ん(適当に鼻歌)
  、、、、、およ?


語り:男の目に止まるは一人の童女(わらしめ)
   膝を抱え、ぽつりと座り込んでいた。
   (さび)れた山道(さんどう)に似つかわしからぬ(あで)やかな着物と、上品であどけない顔立ちから、
   少なからず良き家柄の娘という(ふう)(うかが)えた。

男:なんだいお前さん、自縛霊(じばくれい)かい。

語り:一瞥(いちべつ)して、男がそう問いかける。
   まさしくその娘、すでに肉を失い、魂のみが抜け離れた存在であった。
   加えてその心を地に()らえられ、動くことままならずにいた。
   それが如何程(いかほど)に悲しいのか、まだ幼い顔に悲哀を浮かべている。

男:ふーむ、、、、、、
  なぁお嬢ちゃん、どういう経緯(いきさつ)かは知らねェが、
  そんなとこでじぃーっとしてても面白かねぇだろ。
  早いとこ成仏しちまいな。お兄さんも手伝ってやるからさ、な?


語り:男は娘の目の前に座り込み、仏の教えを説くように言い聞かせる。
   娘は、既に死した身である己に語りかけられた事に(わず)かばかり驚き、
   しばし男の顔を(なが)めた後、また寂しげに顔を(うつむ)けた。
   それは自らの自由を(なか)ば諦めたようにも見える。

男:あーあー、んな可愛い顔、しかめてちゃいけねェや。
  お前さんにゃ笑った方がきっと似合わぁな。
  だからさ、ホラ、な?


語り:男はすっと立ち上がると、娘の背後、6尺程上を見上げ、続いて言い放った。
   (※6尺=約2m)

男:お前さんをココに縛り付けとる"コイツ"に、「罰」食らわしてやっからさ。

語り:男が見据(みす)えるは、娘と同じく、並の人には視えぬ"モノ"。
   筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)なる黒い(からだ)
   (にぶ)く輝く(しろがね)の頭髪。
   冷淡な輝きを放つ金色(こんじき)双眸(そうぼう)
   (ひたい)には二本の角。
   まさしく、「鬼」であった。

鬼:ほう、ワシが()えるか。
  今までに坊主が何人か説教を()れて来たコトはあったが
  貴様のような小汚い青二才に「罰を食らわす」などと言われたは初めてよ。
  、、、、、、正気(しょうき)か、餓鬼(がき)


男:へっ、その台詞(せりふ)、そっくりそのままお前さんに返してやらぁ。
  こんな"おぼこ"つかまえて、一体何が楽しいってんだい。
  それこそ正気(しょうき)沙汰(さた)のするこったねぇや。

  (おぼこ=幼い少女)

語り:先程まで(ほが)らかであった男の態度は一変した。
   いや、上辺(うわべ)は未だ柔らかい(つら)をなしているが
   その内側よりほとばしる怒りと敵意は、突き刺さるが(ごと)く激しい。
   常人ならば圧倒されるであろうところを、鬼は平然と受け、せせら笑う。

鬼:ふむ、随分(ずいぶん)と威勢はいいようだな。

男:その()の魂はその()のもんだ。
  放してやんな。


鬼:ハッ、、、嫌だね。
  こいつはワシが見つけた、ワシが飼ってる"(いぬ)"だ。
  ワシが軽く(いじ)めてやるとな、コイツは可愛い声で()いてくれるのよ。
  これが毎日(たの)しゅうて(たの)しゅうて(かな)わん。
  精魂尽(せいこんつ)き果てるまで可愛がってやるわ
  ゲハハハハハッ、、、、、、


語り:そう言って鬼は下卑(げび)た笑いを振りまく。
   娘の悲しみと屈辱に震える腕は、先程より強く(ひざ)を抱えた。
   男の堪忍袋(かんにんぶくろ)()は、とうに千切(ちぎ)れていた。

男:そうかい。
  生憎(あいにく)俺も争い事は好きゃあしねぇが
  人様に迷惑かけといて聞き分けもねぇってんじゃ
  「ハイそうですか」と済ます訳にもいかねぇ。
  いい加減、引き際ってのを考えたらどうだい。


語り:男は木刀に掛けていた荷を降ろし、鬼に向かって
   片手で構えると共に、(つら)の半分を(おお)っていた(さら)し布を
   もう片手で(ほど)いた。
   鬼も娘も、それを見るなり息を詰める。
   今まで見えずにいた男の左眼。
   それは本来黒であるべき部分が、さながら血糊(ちのり)のように(あか)
   並の人の持ちうる眼とは、大いに違っていたのだ。

鬼:、、、、奇妙な眼ェしやがって、、、、、、。

男:さぁ、鬼退治の時間だぁ。

語り:並の人には見えぬ魂の娘。
   並の人には目に出来ぬ異形(いぎょう)の鬼。
   並の人にはもたらされぬ(あか)き眼の男。
   それまで何処にでもありふれるような場であったそこは
   誰しも立ち会うこと(かな)わぬ、まこと稀有(けう)なる場と化していた。

鬼:、、、、、、ふん、まぁいい。
  そうだな、その「引き際」とやら、そこまで言うなら考えてやらんこともない。


男:ぬ、えらく身の返しがはや・・・

語り:刹那(せつな)
   鬼の右腕が振り上がり、そして。

鬼:これで貴様が生きていたら・・・・っ、なッ!!!

語り:激突。
   岩塊(がんかい)(ごと)き拳が地に叩きつけられ、めり込む。
   強烈な爆音が鳴り響いた。

鬼:ぐふっ、、くふふっ、、、、、
  ぐぇははははははははははははははははははははははッ!!
  莫迦(バカ) 莫迦(バカ) ()アアァァ()ァッ!!!
  餓鬼(がき)分際(ぶんざい)で何をぬかすかっ!
  貴様の殺気なぞ赤子(あかご)地団駄(じだんだ)同然!
  貴様の説教なぞ犬畜生(いぬちくしょう)の遠吠え!
  ワシにすれば鬱陶(うっとう)しき羽虫(はむし)にも等しいわっ!


語り:鬼は毒々(どくどく)しい高笑いを上げて叫び散らす。
   元より相手にする気もなかったのであろう。
   舞い飛ぶ土煙で姿が見えずとももはや男がその拳に(つぶ)されて死んだものとして
   意気揚々(いきようよう)としていた。
   ふと鬼が振り向くと、恐怖と悲哀に(ひど)かお)を歪ませた娘がそこにいた。
   
鬼:、、、、、んん?
  はっ、何だオマエ、ついさっき顔を合わせただけの小僧が(つぶ)れちまったのが
  そんなに悲しいか?
  それとも、彼奴(きゃつ)の青臭い戯言(たわごと)を本気で信じていたか?
  フン、どちらにしたところでオマエは永久にワシの家畜(かちく)じゃわ。
  自由だの成仏だの、誰がさせてやるものかよ。

  
語り:震えながら泣きじゃくる娘に、鬼はやはり下卑(げび)た言葉を
   浴びせかける。
   それは娘の心根(こころね)に突き刺さるか、
   あるいはもはや、その耳に入っていないのか。

鬼:まったく、これまで声をかけて来よった坊主どもといい
  ワシに(かな)道理(どうり)も無いと言うのに、莫迦(ばか)ばかりじゃのう、、、ぐふふふふふふ、、、


男:なんだい、俺までバカ呼ばわりかい。

鬼:そうよ、貴様も莫迦(ばか)、、、、、、、、

男:まったく失礼な。

鬼:って、なにぃ!!!?

語り:鬼が力いっぱい(つぶ)したはずであった男は
   その背後で何事も無かったかのように立っていた。

鬼:な、貴様、、、、、あの一撃をかわしたと言うのか、、、、、っ!?

男:心のこもった一撃どうも。
  、、、、、そいつぁ宣戦布告と思っていいのかね?


鬼:ぐっ、、、ふっ、まぁいい。
  どう思おうと勝手だが、貴様(ごと)きがワシに勝てるかよ?


男:へへへ、あの空振りと勘違いの後でよく言うねぇ。

鬼:ぬぐぅっ、、、、、ぬかせええええええええっ!!!

語り:先程に劣らぬ速度と威力を()って、鬼の拳が男を襲う。
   空気をも切り裂き、大地すら砕くようなその拳は
   するりと身を流す男に、かすりもしなかった。

鬼:ぬうぅっ!!?

男:ほれほれっ、鬼さんこちら、手のなる方へ〜、ってな♪

鬼:こ、こんのガキャアアァァァァアアアっ!!!!!

語り:鬼がいくら腕を振るい襲いかかろうとも
   その攻撃はまるで男には届かない。
   さながらそれは、まさしく鬼ごっこをしているかのようであった。
   体躯(たいく)の差で言えば倍ほども違う相手を
   男は悠々(ゆうゆう)とした態度で手玉にとっている。
   そのうち、次第に鬼の表情に疲労が見え始めた。

男:どしたぃ、もう終わりかい。
  でかい図体(ずうたい)してだらしねぇなぁ。


鬼:ぜぇっ、、、ぜぇっ、、、、ぜえっ、、、、、
  やっ、やかましいわああァッ!!!


男:ぬおおっ、今のは危なかったぁっ!

鬼:莫迦(ばか)め、隙ありっ!!

男:はははっ、そんなもん当た、、ら?

語り:立て続けに打ち込まれる鬼の腕を、またも軽々とよけようとした男は
   不覚にも木の根に(つまず)き腰を付いた。

鬼:はっ、残念だったな餓鬼!!、今度こそ、、、、っ

語り:瞬間の出来事。立ち上がる余裕すらない。
   もはやこれまでか。
   、、、、だが。

鬼:、、、、、、、、、うぇ?

語り:振り下ろされた(はず)であった鬼の右腕はあるべき場所にはなく
   その巨体が立つ(かたわ)らに転がっていた。
   そして、男の(にぎ)る木刀には、(わず)かながら血が(したた)る。


男:"今度こそ"・・・なんだい?

鬼:あ、、、ぅあ、、、あ゛あ゛ぁあ、、、、、

語り:追う立場。追われる立場。
   ほんの刹那(せつな)、それは逆転していた。

鬼:ああああああああああああああああああああああああああああぁぁっ!!!!!!!!

語り:ようやく事態を飲み込んだ鬼は、おぞましい絶叫を上げる。
   男はそれすらも悠々(ゆうゆう)(なが)め、ふと振り返った。

男:さて、と――――
  お嬢ちゃん、ちいとばかしお願いがあんだ。


語り:それまでの一連のやりとりを見届けつつも、ただ呆然とする他ない娘に
   男は先程(さきほど)の柔らかさを()って話しかけた。
   ふと我に返ったように、娘は男の顔を見る。

男:実はな、ちょっとの間だけ目ぇつむってて欲しいんだ。
  これからあの悪い鬼をやっつけてやるんだけどな、
  お前さんにゃあ、そんなトコ見せたかねぇんだ。
  な、頼むよ。


語り:娘はしばらく考え込んでから黙って(うなず)き、そして堅く目を閉じた。

男:よし、いい子だ。
  いいって言うまで絶対(ぜって)ェ開けちゃいけねぇからな。


語り:そしてまた鬼のほうを向いた男は、一瞬にして先ほどの強烈な殺気を(まと)っていた。

鬼:うぐぁ、、、、っ、わっ、、ワシの、、、ワシの腕がああぁぁっ、、、、、

男:どうだ痛ぇか。けどお嬢ちゃんはな、お前さんにその何倍も痛くさせられたんだ。
  それだけしたってまだ足らねぇや。
  、、、、、、いい加減、地獄に()ちな。


鬼:ぬぐっ、、、っほざけ、、腕を落とした程度でいい気になるなよ、、、、、
  貴様にどれほどの力があろうと、鬼は人の力では死なん。
  鬼の魂を(しん)に殺すのは、鬼か、それ以上の力だけだ、、、、、、どうせ貴様も知っておろう。


男:あぁ知ってるさ。
  、、、、なら、もし俺が鬼以上の力を持ってたらどうするよ?


鬼:何を下らぬハッタリを、、、、、
  、、、はっ!? き、貴様、まさかその眼は、、、


語り:鬼がそう(つぶや)いたと同時か。
   男の左眼が(きらめ)いたかと思うと、彼の(にぎ)った木刀に
   瞬く間に、その瞳と同じ、紅く激しい炎が宿った。
   
男:そう、『閻ノ眼(えんのめ)』。
  総ての死者に裁きを下す、閻魔大王(えんまだいおう)の力を(たずさ)えた眼。
  宿るは万物(ばんぶつ)()く地獄の業火(ごうか)
  鬼だって例外じゃねぇ。お前さんも、よーく知ってんだろ?
  そして、、、、

  
語り:男は焔群(ほむら)立つ木刀を振るい、それを鬼に向けた。
   激痛と恐怖に()られた鬼は、先程とはまるで打って変わった表情を見せる。
   もはや出逢った頃の威勢(いせい)は、(ちり)ほども見受けられない。

男:霊山(れいざん)奥深くの神木(しんぼく)から削りだされた、この木刀にその(ほのお)を宿し
  てめぇみてぇな(よこしま)(たましい)を、、、、、、、、、、、()き、()るっ!!!!


語り:一閃(いっせん)
   ()()び、鬼の背丈(せたけ)ほどまで跳び上がった男は、(たけ)炎刃 (えんじん)を一気に振り下ろした。
   頭頂(とうちょう)より真っ二つにされると同時に、一瞬にして鬼は火達磨(ひだるま)となる。

鬼:ごぁあああああああああああああぁぁぁあぁっ、、、、、!!

男:お前さん、ちょいとオイタが過ぎたな。
  ま、地獄()って(つぐな)うこった。


語り:そうして鬼は、灰塵(かいじん)と消えた。
   後に残るものは、何もなく。

男:じゃあな。

*****

男:さてと、お嬢ちゃん、心の準備はいいな?
  その様子じゃ、おっとさんもおっかさんもお空の上だろ。
  早く行って安心させてやんな。


語り:男の言葉に、娘は深く(うなず)いた。
   いささか緊張した様子は見られるものの、その眼差(まなざ)しは眩しいほどに晴れやかであった。

男:よっしゃ、そんじゃ、、、、、

語り:男は、風呂敷(ふろしき)より取り出しておいた数珠(じゅず)を手に掛け、眼をつむって念じる。
   すると、娘の体が(あわ)(かがや)き、ふわりと宙に浮き始めた。

男:次はもっと、幸せに生まれて来なな。

語り:男の笑顔の見送りに、娘も満面の笑みを見せた。
   高く高く上り詰めると、娘はふっと消えていった。
   それまでまこと稀有(けう)なる場であったそこは、何処にでもありふれる風景に戻っていた。

男:じゃあな。

語り:そう一言呟き、男は歩み始める。
   何処(どこ)へ行くとも知れず。何をするとも決めず。

   時は今より(はる)(さかのぼ)る。
   人が木と土に頼りて生きた時代。
   侍どもが力を競い、(いくさ)に明け暮れていた時代。
   (いま)現世(うつしよ)に、(あやか)しが蔓延(はびこ)った時代。(閉幕)



蛇足的あとがき

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